「新ズバリ!人相」カテゴリーアーカイブ

<新ズバリ!人相> 其の4 石原さとみ の巻  

失礼!拝見します 横井夏伯・新ズバリ!人相 

石原 さとみ (女優)

 

 

石原さとみの人相には、人気商売に欠かせない要素がしっかり詰まっているというのが第一印象。①眉と眉の間(印堂)が広い、②笑うとグッと開く大きな口、③ほほ骨が高く前に張っている。芸能界で成功している女優さんには、多くの場合でこうした特徴が共通してあるものです。(一度、ご確認してみてください。)

石原の場合はその上で “たぬき顔”という個性をもっています。丸みのある顔、つぶらな瞳、たらこ唇、全体として愛くるしくて親しみのある表情が他の女優さんには出せない味になっていて、16歳で芸能界デビューして以来、ずっとトップ女優の座を維持してきた理由をここに見ることができます。

しかし、そんな石原も30歳を超えました(1986年12月24日生まれ)。いつまでもたぬき顔で愛らしいというだけでは女優業は成り立たちません、などと余計な心配するのは人相的に石原の尖ったアゴが気になるから。

アゴは口やえらとともに、顔全体を上から3つに分けたときの一番下の位置にあり、晩年運を観る重要な部位です。

眉毛から上の額の全部で初年運、目、鼻、耳という顔の真ん中の部分で中年運を観ますが、石原のこの2つの部分は本当に立派。個々ではあとで書くように問題を含む部位もありますが、全体としてはここに石原の運の強さがあらわれています。

とくにいいのが眉毛と目、それからほほ。三日月型の眉は女性としての情熱をあらわし、芸能面での早熟な才能を示しています。また、自分の力というよりも先輩や異性からの寵愛によって運を開く運勢をもっているので、タレントスカウトキャラバンで才能が見出されたというのもうなずけるところです。

目は上瞼の真ん中が丸く、それゆえ瞳もつぶらに見えます。この目の持ち主は洗練されたセンスがあり、とくに芸能の分野で才能を開花させる天分に恵まれています。高い理想を求め、そこに生きることに無上の歓びを感じるタイプの人です。

ほほの前面は、世間をあらわす部分であり、ここが発達しているのは世に出ることを意味しています。石原のほほは高くて前に出ていているので、早くから世に出て、さらに人気も獲得できることを示しています。

こうした初年運、中年運を、最終的にどっしり支えるのが、鼻から下に位置する、あごやえら、口などの晩年運を観る部分です。笑うと口の両端が上に持ち上がり、表情に微笑を与えている口は、石原の魅力を倍増させるチャーミングポイント。気になると指摘したアゴは、横に張ったえらからまっすぐ伸びてきて、口が受け口に見えるほど尖っています。晩年運を支えるには、ひ弱に見えるボリューム感といえます。

たとえば、大竹しのぶや菅野美穂など、若いときから活躍し、現在も第一線で活躍している女優さんたちのあごと比べてみてください。もっとがっしりしていて、全体に丸みがあり、程よい肉づきをもっていることがわかるはずです。尖ったアゴは若いときにはそれでいいんです。顔をスタイリッシュに見せて、何のマイナスにもなりません。

しかし、結婚も視野に入ってきて、人生の幅を広げるこの時期に、理想家で、恋愛至上主義をあらわす尖ったアゴの特徴が顕在化してくると、人生の選択肢を狭めて考えてしまうなど、厄介なことが起こります。なかでもむずかしくなるのは結婚です。結婚生活にも理想を求めるため、現実の生活とのギャップに嫌気をさし、なかなか初婚ではおさまらないのがこの尖ったアゴの持ち味です。

結婚してからも家庭を維持していこうとするならば、妻や主婦の役をこなしながらも、石原が芸能界でそのまま働くことが一番の解決法です。自分の才能が評価される芸能活動にいれば、結婚生活の現実で味わう不満の解消につながり、公私におけるバランスがとれるようになるからです。もちろん、旦那になる男性にはそうした石原の生き方を認める度量が求められることはいうまでもありませんが、年齢が離れている方がかえって安定した生活ができるかもしれません。

さて、そうした難しい時期を迎える石原ですが、これからどういう女優をめざすべきでしょうか。一言でいえば、かわいらしさや愛嬌を売りにした女優から、いわば本当の大人の女優への脱皮が求められているわけですが、理想をいえば八千草薫のように歳をとっても愛らしく、それでいて確かな存在感のある女優ということでしょう。

試しにインターネットで八千草薫の若い頃の写真を調べてみましたが、年を重ねるごとに顔全体に丸みが加わって、少しずつ円熟味が増していくことがわかります。石原もとくに40歳を過ぎてからは体形を気にするよりも、丸みのあるいまの顔に肉付けをしていって、八千草のような変化をしていくと息の長い女優人生につながるはずです。

垂珠(耳たぶ)のない耳、狭い人中(鼻と口の間)なので、金儲けは下手なはず。部下運もよくありませんが、先に書いたように先輩や年上者に引き立てられる運の強さをもっているので、スタッフや事務所を信頼し、自分に合った役を見定め、年齢に見合ったものとして演じて、大きな欲をかかずに仕事をしていくことがベストでしょう。

来年(H30年)は石原にとって最高の適齢期を迎えます。まずは結婚という課題をどのようにして乗り越えるか、です。また下瞼(男女宮)や鼻のつけ根(山根)を観ると、胃腸関係の病気にも要注意です。人生は30代からが苦労と楽しさのオンパレードのとき。自我をあらわす鼻の形を観ると、芸能に関するこだわりを除けば、自分を主張するのが苦手そうなので、周囲の意見を尊重することが大切。焦らずにじっくりと今後の人生設計を考えながら、“女優石原さとみ”を魅せ続けてもらいたいものです。

*顔写真は下記のサイトから拝借しました。ありがとうございます。https://matome.naver.jp/odai/2149970839796282901

*石原さとみ公式プロフィール http://www.horipro.co.jp/ishiharasatomi/

 

<新ズバリ!人相> 其の3 岡田准一 の巻  

失礼!拝見します 横井夏伯・新ズバリ!人相 
岡田 准一 (歌手・タレント・俳優)

男性アイドルグループ、V6のメンバーで、タレント、俳優としても活躍する岡田准一は、1980年生まれの36歳(H29.7月現在)。インターネットで調べると、岡田が小学2年生のときに両親が離婚している。14歳のときには単身大阪から上京して、育ててくれた母親とも離れ離れの生活をはじめている。いわば遊びたい盛りの子供のころから、岡田は独り立ちをしていく覚悟を決めて成長してきたといえる。

ここまでくるには常人では考えられないような苦労をしてきたと想像するが、そうして若くして味わった苦労の部分は消そうとしても簡単には人相から消えない。人気の秘密の一つが、そのクールな表情にあると思うが、鋭い目元は裏を返せば、自分一人しか頼ることのできない環境で育ってきたことの証ともいえる。親からの財産の継承などを示す、眉と目との間の田宅の狭さも、岡田が自らの力で運勢を切り開いていかなければならなかったことを物語っている。

岡田を人相判断するためには、まずこの点を踏まえておく必要がある。そのうえで、岡田が芸能人として大きく開花した秘密を観てみると、まず額がいい。丸く前に盛り上がっている「おでこ」の持ち主で、バイタリティーと生活力にあふれていることを示している。体力のあるなしを観るには目の下の骨のない部分(男女宮)もポイントとなるが、岡田のそれはきれいに盛り上がっていて、激務の芸能界も乗り切れる体力があることが想像できる。

人間、事を為すには体が資本ということだが、加えて、人気稼業では一般人とは一線を画す個性や魅力がなければ生き残れない。はじめに鋭い目元は若くして味わった苦労の証といったが、しかしその目元はクールな表情を生み出すポイントであり、いまでは岡田の個性を語るのに欠かせないトレードマークになっている。一文字に延びた眉、笑うとクッキリと表れる頬の線(法令=ほうれい)の上の輔弼(ほひつ)の豊かさなども芸能関係で才能を発揮する人相的な要素といえる。

実際、映画「永遠のゼロ」や「海賊と呼ばれた男」などで役者としての地位を確立し、現在の岡田にはそれなりの風格さえ漂っている。岡田はやや猪首で、あごは軽く受けていて、そのあごの先が割れている。これは一度決めたことはやり遂げる猪突猛進型の性格。それでいながら鼻が少し長いので慎重さも持ち合わせている。運気を観るうえで重要な、眉と眉の間の印堂にも曇りがない。現在の生き方に、人生の選択に、ためらいはないにちがいない。

このように、単身親元を離れて上京した少年が芸能界という世界で大きな成功をつかみ、さらなる飛躍が期待されている岡田だが、人相的に今後の活躍を観るならば、気になることがひとつある。それははじめにも指摘した岡田のトレードマークともいえる鋭い目のなかに、岡田が子供のころから背負ってきた孤独性が見え隠れすることだ。要は、この目がアピールポイントとなる30代はいいが、これから迎える40代では運気を盛り上げるうえで足を引っ張ると判断する。

岡田は笑ったときの表情が素晴らしい。頬にくっきりと法令があらわれ、目元も実に穏やかになる。だから、役者としてさらなる飛躍をめざすならば、せめて仕事を離れたときにはこの笑顔が絶えない私生活が必要だと思う。こうした生活が実現できたならば、岡田のアピールポイントである目元は岡田自身がコントロールできるようになり、息の長い役者人生につながっていくと思う。

岡田は女優の宮崎あおいと噂がある(あった?)らしい。しかし、僭越(せんえつ)ながらアドバイスさせてもらうと、宮崎とではしあわせはつかめない。宮崎の尖ったあごと横に張ったえらは、岡田の笑顔を恋愛では受け入れても、結婚では邪魔をする。俳優という職業に対する価値観も、宮崎が女優としての夢を追うのに対して、岡田はもっと現実的な選択を行うタイプだ。宮崎は現実の夫婦生活では満足できない生きがいがを求めるタイプであることを、その尖ったあごとえらが示している。

もっとも、いまも宮崎との仲が続いているのかは知らない。もし岡田にふさわしい伴侶ということでいえば、体質がポッチャリ型に、ホッソリ型の入った女性をすすめしたい。タレントは詳しくないので具体的な人物は挙げられないが、こういうタイプの女性ならば仕事にも没頭できる。多少の浮気も見逃してくれるはずである。ちなみに若い女性たちは身に熱を入れる傾向があるが、あごに丸みがあるとか、頬に豊かさがあるなどは、決して人相的にはマイナスにならないことを覚えておいてほしいもの。

やはりアイドルから、いまや押しに押されぬ役者となった例として本木雅弘がいる。岡田も一芸に秀でた芸能の道において、さらに大きな役者になることをめざすならば、これからの岡田にはもう一つ注文をつけたい。それは経営でも専門的知識でもいい、岡田の人間性の幅を広げる知識や学問を身につけてほしい、ということだ。芸能を離れた新しいことに取り組むことは、良き伴侶の選択とともに、岡田のもって生まれた財産ともいえる笑顔を、自分の人生に反映させる大きな武器になるはずだ。岡田の鋭い目のもつ運命もそうした人生の糧がプラスされたときに、さらにいい方向に向かっていくように思う。

 

顔写真は下記のサイトから拝借しました。ありがとうございます。

http://susumu2009.xsrv.jp/wp-content/uploads/2013/12/e6557593c0b58869667521dac8524b37.png

<新ズバリ!人相> 其の2 二階俊博 の巻  

失礼!拝見します 横井夏伯・新ズバリ!人相 

二階 俊博(自民党幹事長)

父親も和歌山県議会議員をつとめた政治家なので、二階はいわば二世議員ということになる。安倍晋三首相も言わずと知れた二世議員であるが、こちらがスマートな身のこなしで、育ちの良さを漂わせているのに対して、二階の風貌はおよそそのような二世議員が持つ雰囲気とはかけ離れている。

眉は親兄弟との縁や品性や感情の動きを観るところだが、二階の眉は長さが短く、かつ薄く、毛並みも揃っていないし、左右の高さも不揃い。親との縁が薄く、親がいたとしても自らの力で人生を開いていかなければならない星の元に生まれた人だ。

現在の二階の顔には、いわばそうした運命のもと、自らの力で切り開いてきた苦労や努力の跡が刻み込まれていることが見てとれる。年を取れば誰にでも少なからず同じことが言えるにしても、二階のようにたたき上げの職人のようないぶし銀の人相にはそうはならないものだ。

ちなみに、自民党のホームページには、更新を怠っているのか、50代前後と思われる二階の若い頃の写真(https://www.jimin.jp/member/member_list/legislator/100555.html)がプロフィール写真として掲載されているが、屈託のない好青年に写っているこの写真の顔と現在の面構えを比べてみるといい。現在の顔が、二階の一筋ならないこれまでの生き様、特に中年以降の大きな人生のうねりを物語っていることが見てとれるはずだ。

二階は自民党を離党するという経歴をもっている。政治のことはまるで知らないが、世間でも一度、組織を離れたものが戻ってきて要職に就くのは簡単なことではない。それを、二階は復党後も経済産業大臣などの重要ポストを歴任し、あげくは自民党幹事長にまでのぼりつめた。そうした運勢の強さを、人相のどこに求めたらいいのだろうか。まずいえるのは、その眼だろう。

二階の目は目尻が八の字型に下がっていて、やや三角の形をしている。権謀術数に秀でた相だ。この三角が強く表れ、目尻がもっとたれていると、金の亡者になるが、二階の嫌味のないそれは人とのコミュニケーションにも長けていることを示している。そして次に、権謀術数を振るい、自らの夢をかなえる好運を持っていると見てとれるのが、眼と眉の間の田宅だろう。

二階の田宅は、狭くて肉がついている。むっちりといえるほど豊かではないが、78歳(昭和14年生まれ)になるいまでもシワやシミで乱れることなく、もっこりとしていて色づきもいい。これは栄達の相であり、若いときに苦労はするが、ほとんど独学で身を立て、30歳ころからその天分や才能が認められるとされる。二階が実際に和歌山県議員として政治の表舞台に登場するのは36歳のときである。

眼や鼻や口が中央でやや小さくまとまっている印象(常識をもつ一方、頑固)だが、その一方で頬と額にはゆったりとした広さがある。人望がそれなりに集まる相である。蓄財を見るのは鼻と耳だが、耳はそれなりに大きく、小鼻もそれなりに張っているから、蓄財関係でも抜かりがないというところだろう。上唇の先が少しとがっているのは直感がいい証なので、一寸先が闇の政界を見る目もしっかりもち合わせているのにちがいない。

さて、人相のいいところばかりクローズアップしてきたが、弱点はないのか。目尻の横は妻妾宮といって結婚や異性関係を観る部分だが、こちらはいたってトラブルのない相なので、女性問題は心配なさそう。二階の人相でやはり一番にものを言ってくると思うのは、眉を中心として、顔全体に乱れというほどではないが、すっきりとした穏やかさが見られないことだろう。

こうした相は、やはり人生の変化や波乱につながると思う。現在は幹事長として手腕を振るっているが、本当に現状に満足をしているのか。あるいは満足できない性格だとすれば、これまで人生を自らの手で切り開いてきたように、新党結成まではないにしても、何らかの環境の変化を模索していくのだろうか。ちなみに、先日、テレビで二階を見たとき、移転や旅行などの移動を観る、遷移宮という額の左右の部分に大きなシミのようなものがあるのが気になった。この遷移宮のシミが暗示するように、二階の残る人生にはまだまだ波乱が起こるような気がする。

いずれにしても、二階の人相は実に面白いと思う。政治家を扱うなどまったく趣味ではないが、二階の人相には興味をもっていた。およそ貫禄があるとはいえない相貌でありながら、なぜ自民党幹事長という要職にまでのぼりつめることができたのか。その興味で、二階の人相の一つ一つを観ていくと、そこには人生を自らの力で切り開き、成功に向かわせる運勢の強さという、種も仕掛けもあったという感じがする。

 

顔写真は下記のサイトから拝借しました。ありがとうございます。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/images/20170125/plt1701250830001-p2.jpg

参考サイト:ウィキペディア

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%9A%8E%E4%BF%8A%E5%8D%9A

<失礼!拝見します>  其の1 稀勢の里 の巻

大幅に予定を過ぎてしまいましたが、「新ズバリ!人相」をお届けします。「ズバリ!人相」は伯典が女性誌「週刊女性」に連載し、60年代の占いブームの火付け役となり、当時としては結構話題になった人気の読み物でした(「横井伯典について」内のギャラリーで紹介しています)。今回の連載はその再現をめざしたものですが、占う対象に対して変幻自在に人相を語っていく伯典の力量には及びもつきません。しかし、初対面でその人の印象が80パーセント以上決まるといわれるように、いつの時代でもその人のもつ表情にはその人にしかない運勢を担う相があらわれます。このことを興味の原動力として、人相から見えてくるその人なりを語れたらと思います。不定期の掲載ですが、ご愛読いただけたら幸いです。

新横綱として臨んだ20173月場所、13日目に思わぬ怪我で出場続行さえ危ぶまれる中、照ノ富士を本割、優勝決定戦と立て続けに破り、大関での優勝に続き、見事2連覇を果たして全国を熱狂させた稀勢の里。優勝のよろこびをこらえきれずに涙を流した後の笑顔が印象的でした。もし少しでも人相に興味をお持ちならば、このときの稀勢の里の晴れやかな表情を絶対に覚えておいて損はないはず。いや、人相に興味がなくても、です。

人相は骨相や体相、顔相などの要素から観ますが、稀勢の里の笑顔からまず読み取るべきは、「気」の充実ということでしょう。「気」とは“生きる勢い”ともいいかえられます。そして生きる勢いのある人は、内面に蓄積された「気」の充実が外ににじみ出てきて、実にいい表情になるものです。新横綱として優勝した稀勢の里の晴れやかな表情を、もう一度思い起こしていただきたい。顔がピカピカに輝いていて、人生に一点の曇りもないという表情をしているじゃありませんか。こんな「気」を充実させた笑顔は、そう簡単にお目にかかれるものではありません。

自分が人生に迷ったとき、人間、どのように志を持ち、苦労を努力にかえ、そしてその苦難を乗り越えて目的を達成すべきなのか、その素晴らしさを思い起こさせてくれ、大げさないい方かもしれませんが、私たちに生きる勇気と力をも与えてくれる、そういう笑顔なのだと思います。そういう意味で、人相に興味がなくても覚えておいて損はないといったわけですが、あの稀勢の里の笑顔と比べて、今日の自分は元気があるか、というような使い方をすれば、運気向上を図る一手になります。毎日、自分の顔を鏡に映して、そんなことを自問自答しながら今日一日の励みにすれば、その一日が元気に過ごせることうけあいです。

ところで、稀勢の里が横綱に昇進したのは30歳のとき。それまでは昇進するチャンスが何度もありながらその都度精神的な弱さを見せて自滅を繰り返していました。(本当に何度もがっかりさせられ、二度と応援するものかと思いつつもテレビ観戦していたものです)この精神的な弱さを表すのが人相的には目でしょう。白鵬のような相手を射ぬくような鋭いまなざしはまったくなく、戦って勝負を決める力士としての眼光をもっているとはいえません。要はお人好しの目なんです。

ところが横綱昇進に何度も失敗してから、稀勢の里は何やら奇妙な表情をするようになりました。まわりの喧騒に動じないぞとでもいうような焦点の定まらない目つきでもあり、一生懸命気持ちのコントロールをしているようにも見える、まことに摩訶不思議な表情で、テレビ解説でも北の富士さんが話題としてとりあげたほどです。しかし、そうした稀勢の里なりの工夫が功を奏したのか、立て続けに好成績を残して、横綱への道を駆けあがりました。しかし、土俵を降りたときの目つきはまたお人好しに戻ります。もしかしたらこの土俵へのONとOFFの切り替えが上手にできるようになったことが、精神的な安定感につながり、力士としての強さにプラスになったのかもしれません。

目の話の続きをすれば、稀勢の里の目は顔の大きさに比べて大きい方ではなく、これも横綱昇進が遅れた原因です。大きい目を持つ人の方は開放的で人づき合いもよく、まわりから評価されるのも早いもの。小さな目の持ち主は気が弱く不器用。だから、社会に揉まれてから伸びる大器晩成型が多くなる。もうひとつ、稀勢の里の目元に注目したいのは、眉と目の間の上瞼の部分、ここを人相的には田宅(でんたく)といって、とくに目上の運を見ますが、稀勢の里の田宅は広く豊かで、実に色もいい。亡くなった先代師匠、元横綱隆の里との子弟関係は有名ですが、師匠との間に強い絆を結べたのもこの立派な田宅をもっているがゆえの運の強さでしょう。また、田宅とはそもそも親から土地家屋=田宅を譲り受ける運があるかどうかがこの瞼にあらわれるということで名づけられたものなので、少しのケガにも負けない頑強な体を親から授かった幸運を、ここに見てとれそうです。

田宅はまた現在の生活や気持ちの豊かさも表します。稀勢の里の豊かな肉づきと色のいい田宅は、あれほど取りたくて取れなかった賜杯を手にし、横綱まで昇進した、現在の満足感や好調さを象徴していると見ます。次に眉ですが、への字と、眉尻が下がる八字型をあわせた感じです。親しみを感じさせる。金の使い方は荒い方だが、それでいて金で困ることはない。精力的で、意思が強く、苦難にも立ち向かう。そんなことを暗示させる眉です。ちなみに眉部分の骨が盛り上がって見えるのは闘争心の強さの表れ。目が表す人の好さを、この眉の盛り上がりで闘争心をカバーしているのでしょう。

顔全体はふくよかで、大きな傷もなく、肌の血色もすこぶるいい。額の広さも将来への希望にあふれている。こうしたことを総合的に見れば、これから何度か優勝を重ねて大横綱となり、引退後も部屋や角界をリードしていくことが約束されていると判断できそうです。また、厳しい勝負の世界にいながら、相撲を離れたときには穏やかな表情に戻るのも稀勢の里の人相の魅力です。人間、置かれた環境に合わせて表情は変化していくものですが、稀勢の里からはそうした苦労の後を微塵も感じさません。そこに人間としての器の大きさを見る思いがします。周囲の期待に十分に応えながら、次の角界を担っていく資質を持っていることを、こうした表情からも読み取れそうです。

さて、これだけ国民的なスターにまで上り詰めたんです。当然、まわりが次に注目するのは嫁とりです。ところが、稀勢の里にはこれが一番厄介そう。それが見てとれるのが、「への字」に曲がった口。この口の持ち主は結婚に絶対妥協しない人。自分が納得するまで、首を縦に振ることはない。しかも稀勢の里は、新横綱となったいまは、相撲以外見えていないのでは。だから、現役力士でいるあいだの結婚はない。嫁になりたいと希望する女性は星の数ほどいても、まったくそれには見向きもしないで、涼しい顔をしているでしょう。

 生涯の妻となる女性は、がっしりした体形に細身を加味した年下の女性がいい。やんちゃなところがあるという横綱をコントロールしつつ、掌で遊ばせられるような女性だったらいうことはない。いずれにしてもどんな女性と出会うのか、それも大きな楽しみとして、これからの稀勢の里の活躍に引き続き、注目していきたい。

2017年5月7日(日)掲載

 <写真は下記より拝借しました。ありがとうございます。>

http://www.saga-s.co.jp/images/article/2017/01/25/SAG2017012501000914_id1_20170125093100.jpg

2019年1月29日(火) 追記

稀勢の里は、2019年初場所途中休場して引退を決めました。2017年3月場所に横綱として賜杯を手にしたものの、この場所の13日目に追ったケガがその後も回復せず、連続休場などの不名誉な記録を残しての引退となりました。結果から言うと上に記した人相から観た稀勢の里の未来は当たっていたとはいえません。そのことについて言いわけをするつもりはありませんが、ただなぜ外れたのかの説明はさせていただきたいと思い、外れた理由を追記させてもらいました。

見立てが外れた理由は一つしかありません。人相において大切な部分を見落としていたことです。見落としていた部分とは、稀勢の里の額の真ん中にクッキリとあらわれるくぼみです。横綱として初優勝したときはこのくぼみがまったく見えませんでした。晴れやかな表情のときにはあらわれないのです。しかし、ケガをおして出場した優勝の翌場所からこの額のくぼみがはっきりと表れるようになりました。このくぼみが黒ずんでいるときは必ず負けとなり、くぼみが目立たないときには辛うじて勝ちを拾うのです。この点に気づいてから注意して稀勢の里の額のくぼみを観察するになりましたが、引退するまでついにこのくぼみが消えることはありませんでした。

額の真ん中にある傷やくぼみ、ほくろは、その人の運勢に大きな影響を与えるといわれています。稀勢の里の、横綱としての結末をみるにつけ、人相を観るうえで額のもつ大切さを思い知らされたように思います。そして、このくぼみは結婚など今後の人生にも影響するはずです。こうした影響を抑えるためには、とにかく稀勢の里には優勝のときに見せてくれたあの晴れやかな表情を忘れないこと、といいたいと思います。額のくぼみと人生との関わりを見てゆくために、また稀勢の里ファンのひとりとしても、「荒磯」親方として生きていく稀勢の里の活躍に、これからも目を離さないでいこうと思っています。