「あたる易」(平成22年発行)は、易がはじめての人でも一通り読めば即占えるように書かれた実用書です。今回はその「あたる易」から、まえがきと本文の一部をご紹介します。気学や四柱推命、人相にも精通しながら、なぜ伯典は周易を選択し、生涯の友としてきたのか。その理由が読み取れる部分だと思います。
まえがき
わたしは、日本獣医学校の給仕をスタートに、四十三回目に就いた仕事が「易占業」です。そのあいだわりと長かった仕事は裁判所書記、検察事務官、経済安定本部・経済査察官などです。短かったのは大工の手伝いで三日でした。
小さな事業に失敗して、どうしてこうもころころ変わるかをかんがえていました。たまたまその時、占いの本を読んで、著者の中村文聰師に弟子入りして、昭和二十九年八月から今日までつづけてきました。実に相性のいい仕事でした。
わたしの易占は、実践型を学究型でささえるタイプです。目的は的中率を100パーセントにすることです。あらゆる問題に挑戦するので、広く浅い常識が必要です。
易は占的(せんてき)=占うことの本質をしっかり把握して占筮すれば、初心者が本書を参考にした実占の結果は、絵に書いたように的中します。なんともたいへん有効な占断術です。
易占は、自分自身の生活をコントロールする燈台の明かりで、あわてたり、怒ったり、焦ったりしない。買い物、食事、デート、子どもの躾、余計な口出しなどの吉凶占をして、日常生活をゆたかにするたいへん便利な、生活の知識です。
じっくり読んで、実践してみましょう。読者の生活を充実したものにする確信があります。身近において活用されるときっと、お役にたちます。
「易とは?」
- 易学と運命術
占いは、たいへんさかんです。まさに、占い天国ニツポン、といえるくらいさかんです。そのせいですか、占いに権威をもたせようとして、人相学とか家相学といいますが、これはおかしい。
学=いまあるものの全部か、またはその一部とか、またはそれらを別の面からかんがえ、系統的に知ろうとするものが「学」です。
こうしたかんがえ方から「方位・家相・手相・人相・印相・墓相・四柱推命」といった占い方をみますと、学としてみるには足りない点が多すぎます。だから以上のような占い方は「術」と呼べばいいでしょう。
術=体験的に繰り返しているうちにでき上がったもの、とかんがえていいでしょう。人相、手相なども人相学、手相学というより、人相術、手相術といったほうが、はるかに神秘的ですし、なにかその人だけのものという感じがして、信頼感がもてます。
ところが、本書の原典である「周易」は、学問です。それも古典です。五経(ごけい)といわれ、易経(えきけい)、詩経、書経、春秋、礼記(らいき)をいいます。ですから、これまでにもたくさんの学者の手によって、相当に研究されていて、現在、一般的な解説書として売り出されている書物に、本田済「易」(朝日新聞社刊)・後藤基已「易経」(岩波文庫)・鈴木由次郎「易経」(集英社)があります。*1
少し話が固くなりましたが、周易はもともと占いの書として使われていたらしく、めんどうな約東事がたくさんあります。しかし、そうしたことも整理されていますから、今ではとても利用しやすくなりました。
いずれにしても、占いを学問というのはおかしな話しですが、周易という学の尾っぽをかじって成り立っているのが、「易占い」であることは確かです。
- 占術と個人
「まえがき」にも書きましたように、占いを覚えたのは、自分自身のこれからの運命がしりたかったためです。それだけに、昭和二十九年七月の終りから占い術の勉強をはじめたときは、それはそれは夢中でした。まずはじめは、それまでに多少耳学問でききかじっていた<方位術>、つまり気学です。
方位術は一白から九紫までの九星を使って、何年生まれの人はどっちの方位へ転居したり、行ったりしたらより開運する、というものです。たとえば大正十四年四月二十五日生まれの人は、生まれた年(本命=ほんめい)が三碧(さんぺき)であって、四月生まれ(月命=げつめい)も三碧になります。それだから、吉方として使える方位は、一白(いっぱく)、四緑(しろく)、九紫(きゅうし)の回座しているところである。といったものです。
ところが、昭和二十九年にしても、今日にしても、読者がご承知のような住宅事情で、そんなに簡単に移転することはできません。それに、そうちょいちょい移転していたら、引越貧乏になってしまいます。それと、また不思讓なことは、こうしたことをよく知っている占い者が吉方を使って行動することを一向にしません。口で言うだけで、実行しません。
そうしたことに気がつきながらも、だんだん深入りして研究して行きますと、方位術の本来の使命は、人を移動させないためのもの、といったことがはっきりします
昔、中国では、広い国土にいくつもの国がありました。その国にはそれぞれ王だとか、君主がいたわけです。ところが、自分の子供が增えるにつれて、その子供たちにも土地を分けてやります。これを「封建」といいました。当然のことですが、できのいい子、悪い子といて、悪い子が君主になれば、税金の取り立ても厳しく、人民は安心して生活できません。そこで、土地を捨てて逃げ出します。こうなっては君主の生活も成り立ちません。だから、あの手、この手で人民の逃亡を防ぎました。
殺したり傷つけたりもしたでしょう。でもさっぱり効果がなく、たくさんの君主は困りました。そこへ知恵者が現われて、人間は精神的に弱いものだから、呪術によって逃亡を防ぐのがいいだろう。それには数字の基本は一から九までだし、それに中国古来の陰陽五行説をからませて、現在の方位術の基本になるものを作りあげたと思います。そして、一家そろって逃げだしたら、必ず悪死する、というかんがえ方を流布したと思います。
「苛政は虎よりもこわし、むごい政治は虎よりもおそろしい」といいますが、この苛政からさえ、精神暗示によって逃げることをちゅうちょしてしまいます。こんな形で使われたと思われる方位術=九星術が、今では開運秘伝の法として流行しています。
そうこうしているうちに、暦法が発達して暦が完備して来ますと、今度は生年月日時間による四柱推命(しちゅうすいめい)術が誕生します。なぜこうした運命術がさかんになるかといいますと、方位術ではあまりに大雑把すぎて、個人差がつかみにくいためでしょう。それだけに、四柱推命術はたいへんめんどうな約束を土台として、ますます複雑化しました。
一方、人相術は人相術として、細かい部位にまで立ち入って個人の吉凶を見極めようと研究されました。このほかにもあらゆる占術が生まれ、駆使されました。
ところで、そうしたたくさんの占術を勉強していて気のつくことは、それらのいずれもが、なんとか明るく楽しく生活できる道を得たい、という目的のために発達したことです。
だから占術の発達には善意はあっても、悪意は全くありません。ただ、利器も凶器となるように、占術も用いる人によっては、社会に誤解を生じるだけです。これはいずれの場合でも同様でしょう。
わたし自身にしても、たくさんの占術を五十五年もやって、近ごろになってやっと気のついたことは、人相が悪くても、家相が悪くても、使った方位が悪くても、また名前が悪い場合でも、人間は生きていかなくてはなりませんし、事実、ちゃんと生活しています。四つも五つも悪い条件が重なって、なお大成功している人はたくさんいます
なぜでしょう。簡単に言えば、物のかんがえ方が正確だからです。時流を察し、相手の気持ちをのみ込んで、むりをしない生き方をくり返したら、人はだれでも必ず成功します。これだけは間違いのないことです。病気にだってやられません。きっと天寿を全うできます。だから、全世界の人がこうした生き方をしたら、占術は無用の長物で自然消滅するでしょう。
ところが世の中には、楽をしていい生活をしたいとか、ついむりをするとか、かんがえないうちに行動するなど、雑多な人がたくさんいます。こうした人たちは、なにか精神安定剤が欲しいわけですから、そのために占術は永久に亡びることはないでしょう。
このように永続きする運命にある占術にとって、一番大切な問題はなにか、と言えば(個人差を尊重すること)です。十把ひとからげにして、何年生まれと何年生まれの男女の相性は凶である。または吉である。といったものではありません。また、生年月日が同じなら、だれも同じ運命をたどるはずです。しかし、現実の問題としてこうした事実はありません。これなど個人の成長環境を無視した話しです。
ただ、人相術とか手相術などは、ここにいう個人差をたいへん重く見ています。目の形、鼻の形、口の形、また耳とか眉など、その他いろいろな部位によって吉凶判断ができます。手相術にしても、個人の手によって吉凶判断を加えますから、生年月日によるものより、はるかに個人差を大切にしている、と言えます。
しかし残念なことに、吉凶判断はできても、その原因となるものが、多くは個人の性格に由来するため、開運するための必須条件として、性格改造をやらないといけません。これは困難、長所をのばすことはできても、短所を改めることはまず不可能ですし、むずかしい。せっかく開運の指針をみつけながら、運命的な受け取り方だけに終わってしまいます。ところがたくさんの占術の中で、一つだけ個人差を尊重し、開運に導く占術があります。それが易です。
*1 H29年7月現在、いずれの書物も販売されているかは不明